先生の数だけドラマがある22 ~修学旅行の愉快な思い出、先生だって自由になりたい~
1人になりたい欲求が満たせる一日、それは自主研修の日
修学旅行中は寝ている時とトイレ以外は大体いつも誰かがそばにいる状態。
これが三泊四日ずっとだとかなり辛い。
ストレスたまりますね。
あああああああ、一人にしてくれぇぇぇぇぇぇッ!と何度も思ったものでした。
集団の中にいるのがただ辛かったわけではないんですよ。
集団行動が苦手というよりも、分からないことを何でもかんでも聞いてくる人たちが傍にいることが疲れるのでした。
修学旅行って事前に何時間もかけて指導してから行きます。
修学旅行のしおりや旅行の資料も何度も読み込んで行きます。
当然旅行中も各自持っています。
だから大抵のことはそれを見れば分かります。
何かあってもしおりを見れば困らないように、しおりがあれば何とかなるように作ってあるのですから、当然です。
でも、子どもたちはそういう資料を自分で見る前に近くにいる私たちに聞いてしまうのでした。
「自分で調べなさい」と何度も言うのも疲れるわけです。
挙句の果てには同行している先生方の中にも資料も見ずに質問してくる人がいたりして、まいっちゃうわけです。
自分で見ろッ!!
そんなわけで、一人になれるチャンスのある自主研修の日は私にとってものすごく大事な日なのでした。
もちろん生徒たちが自主研修中に何かあっても対応できるように行動エリアの制限はありますが、それでも割と自由に動けました。
「一緒にあそこに行かない?」と誘ってきた先生方もいましたが、そんなお誘いは丁重にお断りしていました。
何せ私は1人になりたいのだから……。
さて、ある年の修学旅行の二日目には自主研修が設定されていました。
朝食後に横浜市内のホテルを出発して、横浜や東京都内の施設や企業を見学、訪問して、品川のホテルに集合するというコース。
各グループには旅行社が貸し出した携帯電話も持たせて、事前指導もたっぷりやってスタートしたのでした。
引率した先生方はそれぞれ都内の担当エリアに向けてゆっくり出発。
全員の荷物は先にトラックで品川のホテルへ移動なので、心も身体も軽い感じで出発できたのでした。
ところがその後が大変だったのでした。
生徒たちから次から次へと電話がかかってきたので、本当に疲れました。
学年の人数が多いので、グループを先生たちで分けて担当していたのですが、かかってくる電話が異様に多かったのと、相手が担当外だったのを不審に思った私は本部に電話してみました。
すると、携帯電話の設定のミスで、先生方に渡った旅行者貸与の携帯電話が繋がらない状態が発生しているということが発覚。
おいおい、事前に確認しておくもんじゃないの?
しかも、繋がるのが私に渡った携帯電話と校長先生に渡った携帯電話だけ。
しょうがないので先生同士は個人所有の携帯でやり取りしていたが、生徒たちには当然ながら個人所有の携帯番号を教えてはいなかったため、私の旅行者携帯電話が鳴り続けていたわけです。
そんな生徒とのやり取りで忘れられないいくつかのエピソードがこちら。
生徒A「先生、ここどこだか分かりません」
私「私もです」
(電話だもん見えないってば(-.-))
私「地名か駅名を言ってくれないかな?」
生徒A「それが分からないです」
(マジか(-"-))
このグループは新宿駅内で出口が分からず右往左往したが、道行く人に何とか道を聞いて予定よりやや遅れややながらも無事に見学先に到着。
東京のみなさん、その節はお世話になりました。
また別のグループでは、
生徒B「先生、道が分かりません」
私「何かその辺に目印ないの?」
生徒B「あっ、コンビニありました。ローソン。」
私「そんなのたくさんあるよ」
(田舎なら目印になってもここじゃ目印にはならないよぉ)
私「コンビニに入って道を聞きなさい」
生徒B「はーい」
・・・・・・しばらくして・・・・・・
生徒B「先生、コンビニの店員さん中国人で道聞けませんでした」
(ああ、そういうこともあるわなぁ)
生徒B「あっ、遠くに交番が見えた」
私「お巡りさんに聞こうね。じゃあ後は頑張れ」
お巡りさんに助けられ、ついでに国際交流?もできた彼らも何とかホテルに無事に帰って来たのでした。
私は一日自由を満喫するはずが昼過ぎまで電話に振り回され、とても疲れたのでした。
でも、お昼過ぎには美味しい天ぷら屋さんに行って、一人ゆっくりランチを食べてリフレッシュできたのでした。
余談ですが、修学旅行中のホテルの食事は生徒用のためなのか洋食形式のことが多く、和食好きの私には食事もちょっと辛かったです。
だから、自由にランチができる自主研修日は本当に楽しかったです。
この日の携帯電話騒動も忘れ難いですが、美味しい天ぷらの方がもっと心に残っていますからね(^^)v